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記録用日記(追記あり)

10月23日 夕方~

いつもなら「行くよ」の一声で、すぐにササッと準備が出来るワンだが
この日は違った。
動かない。

とにかくどうしても動かない。
動けない、かもしれなかったんだが、とにかく動かない。

何とか介助着を着せ、車の後ろからステップを使って乗せた。
何となくだが「早く、早く」といつもはそんな焦りはないのに
どうしても早く病院に着きたかった。

道中、いつもよりも少し落ち着きがなく、後部座席で何度も寝る位置を決めながら
ウロウロしていたせいか、ドライブ大好きなワンには珍しく、本当に珍しく車酔いで嘔吐。
といって出すものは何もなく、少し唾液が出ただけ。
閉院10分前に病院へ滑り込んだ。

駐車場から病院まで、距離にしてたったの5メートル余り。
この距離が、この日は本当に長く感じた。
マットを担架状にして地面に下ろし、ワンは自分の足でゆっくり歩きながら病室へ。
スタッフの方全員が待っていて下さった。

水を飲んでも吐いてしまうと伝えると、すぐに点滴の準備。
この後自分でもやらなければならないと思っていたので、一から手順を教えてもらう。
すべて入れ終えた後、院長がリンパを触りながら「小さくなっていないね」と一言。
もう抗がん剤は今後使えないと言われる。

もういい、もういい、本当にそう思った。
ワンにとっては辛いだろうが、何か別の方法をとお願いした。

病院に到着する前は、あれこれと聞きたいことがあると話していた旦那は
一切何も自分から話さなかった。

これからどうすればいいのか?あとどのくらい生きられるのか?
迎える最後というのはどういう状態になるのか?
車の中でいろいろと自分なりにまとめて、考えを整理しているようだった。
だから、いいの?と何度も目配せしたが、いい、と。

ならば、今日はこれでと帰り支度をした。
帰り際、今夜はしっかり様子を見て、ついていてあげてくださいと院長に付け加えられた。
その意味は後で解るのだが…ワンに気遣いつつ耳でしっかり聞いていた。

そして、遅くに駆け込んだことをスタッフの方に詫びながら、一緒に付いてきてくれた友人と2人で
車まではマットを担架状にして伏せたままの姿勢でワンを運ぶ。
自分で歩けないわけではなかったが、とにかく無理をさせたくなかった。

会計を済ませた旦那と2人、家路に着く。
午後7時半のことだった。

家に到着したのは午後8時前。
車からはステップを使って自分で歩いて降りた。
その足でトイレの小さい方を済ませ、場所を選んで庭にゴロン。
私達も夕飯をとろうと家の中へ。
準備中は旦那に見てもらい、食べる直前にワンを家の中へ。
マットにのせ、廊下に置く。
動きたかったら自分で動くでしょう、そう思っていた。

動きたかったらね。

食事が終わったのが午後8時半。
食べている途中から、廊下から息遣いが聞こえる。
まだ廊下にいるんだ、そう思った。
もちろん、気になって食事もそこそこに廊下に戻ると、乗せてきたままの姿で
マットの上に伏せていた。

ゴメンゴメン、動けなかったんだね、すぐに庭に出してあげるよ、とまた2人で庭に運ぶ。

私はそのままワンの横に一緒に座ってワンを撫でていた。
時間は午後9時少し前。

夕方、ルナ子のママがお見舞いに来るよ~とメールをくれていて
到着は9時過ぎだと聞いていた。
その到着を知らせるメールが入り、旦那が家の中から携帯を持って玄関に出てきた。

その時だった。

伏せていたワンの頭から背中を撫でていたのだが、顔の横にあった両前脚が
「ピクピク」っと軽く痙攣した。
時間にしてもせいぜい…5秒くらい。

その後、首を後ろにグーっと反らし、私の方に頭を向けた。
そして、右前脚を私の腕にトン、と乗せた。
何か要求がある時、そうすることがある。
何だろうな、水かな?などと考えつつ…
でも何でだろう、何でなのかわからなかったけど
ヤバイ、ヤバイ…なぜかこう繰り返していた。
心臓がグーっと掴まれるように嫌な感じになった。

何かが起こっている、何かが。
とっさに友人に携帯で電話をした。
「何か変だよ、何か…」

1・2分後、友人が到着。
私の反対側に膝をつき、ワンを挟んで向かい合う。
旦那はその後ろにいた。

その直後、またグーっと今度は友人の方にゆっくり背中が反った。

わかった。
逝こうとしているんだ。

旦那と私が気付いたのと同時に友人も気付いた。
すぐに介助着を脱がせ、抱きかかえた。
不思議なことだが、35キロの体重が本当に軽く感じた。

そして…私の口からとっさに出た言葉は「戻ってきて」だった。
あれだけ最後はワンに任せたいと自分で言っていたくせに。
勝手なものだ。

3人でワンを囲んだその直後、またグーっとゆっくりゆっくり
顔を上にあげたかと思ったら…首がゆっくりゆっくり芝生の地面に向かって下がっていった。
鼻先が地面に着いた時、首を抱えていた手に、今度はずっしりと重さを感じた。

時間にして本当に3分くらいの出来事だった。

その間ずっと「嫌だ、戻ってきて!」と何度も言っていた。ハッキリ覚えている。
それを友人が制して「そんなこと言っちゃダメ!」と。
そこでようやく、いいよ、逝っていいよ、楽になって、と思った。

本当にあっという間の出来事だった。
友人のメールの知らせがなければ、もしかしたら旦那は間に合わなかったかもしれない。
それほど静かに、静かにその時を待っていたのだ、うちのワンは。

どれくらいの時間泣いていただろうか。
夢なのか現実なのか、何だか良くわからないうちに顔をあげてワンを見た。
すべてが止まっていた。


終わった、終わってしまった、私達の時間が。


でも、これでようやくワンは楽になれた。
私達のわがままに、最後まで全力で、自分の持っているすべてを捧げて
応えてくれたのだ。

水遊びが楽しかったのは、ワンだけじゃない。
私達が一番楽しんでいたんだ。

旦那の靴下をくわえて逃げるのを楽しんでいたのはワンだけじゃない。
私達が楽しかったから、ワンも楽しかったのだ。

このコがいてくれたから。

ようやくここで「ありがとう」を言うことができた。

何もかも自分で決めて旅立っていったのだ。
土曜日、丸一日を家族でのんびりと、いつも通りに過ごし、
夕方、私達と一緒に病院までではあったが新しい車でドライブし
そして、夕飯を済ませ、何事もなかったかのように今日一日を終えようとした
その時を選んで。

その前に、食事も金曜日から一切抜いて、お腹の中をきれいに空っぽにして。
トイレもすべて自分でちゃーんと、庭でササッと済ませて。
最後まで自分で、立って歩いて、しゃがんで、階段を上って。
自分の足で、しっかりと。
誰にも支えられずに、自分の力で。

お友達のルナ子一家は、さすがに最後には間に合わなかったが
先にワンを見送った先輩として、使いものにならない私達をおいて
あれこれとワンの旅立ちの儀式のために準備をしてくれた。
予定のなかった一家に、夕方突然決断をさせたのもワンの決めたことだったんだろう。
この人たちなら…そう思ったに違いない。

そして何よりもお世話になった友人にも、まさに1分の狂いもなく
自分の最後を送ってもらった。
ワンの計画通りだったんだろう。

明日は日曜日。
とりあえずワンを送りだすまでは何もないのだから…と
旦那と2人で、ワンが我が家に来てからのことをメソメソしながら話し始める。
結局、今までのこと全部を話す時間は無かったが、それでも朝日が昇る時間ギリギリまで…
一晩中ワンの思い出話をしていた私達を見て、きっと「シメシメ・笑」とニヤっとしたんだろうな。

もちろん、ちゃんと休む時間を取らせることも忘れてなかった。
良く眠れたとは決して言えなかったが、3時間ほど目を閉じていられた。

朝になって、葬祭場に電話するとこちらの希望通り午後1時に決定。
空いた午前中に、JOY父さんに来てもらうことに成功。
たくさんたくさん、思い切り撫でてもらって、自分の分身=毛もプレゼント。
本当に見事としか言いようがない。

天気も何とか雨を避け、おやつもお弁当もたくさん揃ったところで
自分専用のステッカーの張られた新しい車で出発。
途中、あらかじめ調べておいたかのように…葬祭場への通り道に毎日通った公園があり
開けた窓から、大好きな公園の空気をお腹いっぱいに詰めて…

ヨダレで真っ黒になったクマコやパンダさん、頂いたお花や庭のユーカリ等ハーブの束、
私の使用済み靴下と旦那のパンツ(笑)、愛用していたビヨルキスのチョーク、
そしてそして…私達2人が思いっきりおめかししている写真を持って…

午後1時、曇り空の中、フワフワと煙に乗って旅立つ。

骨を拾ってもらった後は、その足でお世話になった病院に行きごあいさつ。
骨になっちゃった後に行けば注射もされないし、体重測定もないと思ったのだろうか(笑)

昨日の夕方、病院に駆け込んだ時に旦那が一言も院長に質問しなかった理由も
この時ようやくわかった。

点滴を終えて、ワンに聴診器をあてた院長の顔が一瞬曇ったのが旦那にはわかったそうだ。
そしてここでようやく「あの時もう気づいてらっしゃったんですよね?」と聞いた。
よくわかりましたね、と院長。
入院させてあれこれ手を尽くそうとする病院もあるだろう。
でも、本当にこのコが望む最後、それは私達の手の中で逝くこと。
後悔のないように…そう考えてのことだとしたら、一緒に家に戻って正解だった。

よかった。
本当にこの先生に出会えてよかった。

6年間通い続けたかかりつけの獣医師に、2次診療、つまり抗がん剤治療はしませんと
言われた時のショックは相当なものだった。
信じていたのに…最後までこのコを、たとえ助からないとわかっていても
一緒に頑張ってくれると信じていたのに。
迷う時間は無いのに…どうすればいいのだろうと途方に暮れていた私達に
友人が声をかけてくれたのだ。

その友人につれられて、カルテもないのにいきなりこんな大変なワンを
助けて下さいとお願いに行った4か月前。
その日と全く変わらない笑顔で、今日も出迎えてくれた院長。
ありがとうございました。
本当に本当にどうもありがとうございました。
あなたがいなければ…この貴重な4か月はありませんでした。
こころからワン共々感謝しています。
ありがとうございました。

そして、その院長からたくさんたくさん褒め言葉をもらって照れながらも
ようやく長い一日を終え、家に戻る。

これをワンがちゃんと考えていたのだから、スゴイとしか言えない。
全部2人で、何もかも2人で、どちらも1人にしないように、この日を選んで。

ありがとう。
本当にありがとう。

今はまだ涙しかでないけど…



ありがとう。


あなたは本当に素晴らしいコでした。
素晴らしい、この言葉が一番しっくりきます。
ゴールデンの気質、そのものすべてを持っていました。
優しく、穏やかで、争いを嫌い…
それでいて明るく、食いしん坊で、でもちょっと寂しがりやで。

そんなあなたが、私達は大好きでした。
大好きで、大好きで…

愛して愛して、愛し抜きました。
最後まで、一緒、ずっと一緒。

約束は守りましたよ。

あなたの手はずっと私の腕に置かれていましたよね。
目と目が合って…
手は離さないからねって言ったら「当たり前でしょ」ってウィンクしたよね。

通じ合っていたんだよね、いつも。
だから、最後の時にもあなたのたくさんの思いがちゃんと通じたんだよ。

大好き。
大好き、サクちゃん。


ずっとずっと、私達の可愛いコ。
サクラ、ありがとう。

本当に、ありがとう。
そして愛しています、いつまでも。

また会う日まで…。

さようなら。

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2010-10-24 : 闘病 :
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<さくら家のこと>

michiko

Author:michiko
ヒト2人と1ワンの生活をだら~っと
綴っております。
ヒト①旦那
ヒト②私(ワンの母ちゃん)
ワン サクラ・Gレトリバー

*コメントはこちらの判断で削除
させていただく場合もあります。
ご了承ください。

サクラってどんなコ?

サクラ(ワン)G・レトリバー ♀
2003年5月19日生まれ

好きなもの*肉・昼寝・水泳
嫌いなもの*ケージ・ひとりぼっち
性格はとにかく甘えん坊でマイペース
我が家のアイドル★

2010年6月より
悪性リンパ腫で闘病開始

2010年10月 お空へ

★享年 7歳5カ月4日★


ちょっとひとやすみ

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